中溝 慶生 先生 追悼の辞

 九州大学名誉教授,日本乾癬研究会(現日本乾癬学会)初代会長,中溝慶生先生は,2019年1月17日にご逝去されました(享年94歳)。日本乾癬学会の設立の礎を築かれた重鎮として,日本乾癬学会を代表し,謹んで追悼の辞を申し上げたいと思います。
 中溝慶生先生は1924年長崎県のご出身で,九州大学医学部をご卒業後,同大学助教授を経て,1968年に同大学教授に就任されました。乾癬の研究にご尽力され,1982年には日本乾癬研究会を発足,初代会長に就任されました。1986年には,大分県の城島高原グランドホテルにて第1回日本乾癬研究会を開催され,1991年には研究会の名称が「日本乾癬学会」へと変更されています。
 学会に名称変更されてからは特別顧問となられましたが,乾癬研究に対する強い意志と患者さんに対する熱い思いは現在に至るまでしっかりと継承され,学会の発展へとつながりました。

 中溝慶生先生の偉業に対し,心から尊敬と感謝を捧げ,謹んでご冥福をお祈り申し上げます。

2019年2月4日
日本乾癬学会 理事長 大槻マミ太郎


―――( 以下,第1回日本乾癬研究会(シンポジウム) 第2回日本乾癬研究会 記録集より引用 )―――

第1回日本乾癬シンポジウムの開催にあたって

 欧米に比べて,日本では乾癬患者数が少かったこともあって,乾癬に関する研究面で,はるかに遅れている感があった。しかし最近になって,興味を示す研究者もようやく多くなってきたので,日本に於ける本症の研究を推進する為には,気楽に討論し,情報を交換する場を持つことが必要だと考えていた。今年になって,幸にも上原記念生命科学財団が発足し,そのなかで意義のあるシンポジウムの開催には基金を援助することになった。この期を逸してはならないと思い,第1回の日本乾癬研究会の学術講演会を日本乾癬シンポジウムという形式で行うことにした。会場も城島高原グランドホテルに全員宿泊して,夜も酒をくみかわしながら,情報交換や懇親ができるよう配慮した。
 今回は演題の一般公募という形をとらないで,興味を持って研究を進めておられる大学,施設などにお願いした。テーマ別にご発表いただき,十分に時間をかけて気楽に討論できるように,学会形式にならないことを主眼とした。さらに1981年から乾癬患者の疫学調査を開始し,最初の3年間は32施設で2,489人が登録されているが,これを機会に,多くの施設に協力をお願いしたいと思っている。宜しくお願いします。
 テーマは治療とその限界と題し,外用剤の問題,内服では種々の薬剤のうち,最近トピックスとなっている活性型ビタミンD3,レチノイド療法についての考察を特にお願いした。
 招請講演(Ⅰ)は,肺癌,前癌状態の疾患,乾癬などにビタミンAを大量使用し,ヨーロッパでかなり成果をあげておられるH. Wrba先生にお願いすることにした。
 招請講演(Ⅱ)はK. Hashimoto教授(ウエイン州立大)から病因論に関する最近の動向についてお話を頂くことにした。
 特別講演としては,笹月健彦教授(九州大生医研遺伝学部門)の「乾癬と遺伝」で,われわれの教室との共同研究も含めてご講演いただくことになっている。
 2日目は,臨床症例の報告と,基礎的研究の発表を午前中で終了し,昼食後は,乾癬患者が全国から治療のため多数集まってくる別府の明ばん温泉を見学してもらうことにしている。
 最初の催しであり,どのような会になるのか心配ですが,同好の士がご参集いただきますので,フリーな活発な討論ができるものと期待しています。

1986年10月  九州大学生医研皮膚科教授  中溝 慶生